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第二百四十二段

 前の段に続く一切放下の話です。

 『古典』が、『徒然草』の話題は「サイクルをえがいて戻ってくる」と言い、そしてそれが兼好の内心の日常だったという意味のことを言っていますが、この種の話についてはまったくそういうことだったのではないでしょうか。

 仏教では五欲ということを言うそうです。
 ①食欲、②色欲、③睡眠欲、④財欲、⑤権力欲ですが、ここではその中からはわずかに二つが採られ、それとは別に、名誉欲(あるいは権力欲に含むのでしょうか)が取り上げられています。

 いずれにしても、五欲をそのまま取り上げるのではなく、特にこの三つの欲を選んだのは、つまりこれを書く時に兼好がそういう欲をなお自分の現実として考えていたということでしょう。

 そして、中でも最初に「名」を挙げて、さらにそれを「行跡」と「才芸」の二つに分けて語っているのは、彼の歌の世界における「名」に「欲」があったことの証しだったに違いないと思います。

 彼は、いつまで経っても一切放下からほど遠い自分を何とかしたいと思っていたのです。

《原文》
とこしなへに、違順につかはるゝ事は、偏(ひとえ)に苦樂の爲なり。樂といふは好み愛する事なり。これを求むる事 止(や)む時無し。樂欲(ごうよく)するところ、一つには名なり。名に二種あり。行跡と才藝との誉(ほまれ)なり。二つには色欲、三つには味(あじわい)なり。萬の願ひ、この三つには如(し)かず。これ顛倒の相より起りて、若干(そこばく)の煩ひあり。求めざらむには如かじ。
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