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第八十段「人ごとに、わが身にうとき事をのみぞ好める。」

 永年やって来ていることは、いわゆる「高原状態」などということもあって、しばしば停滞し、飽いても来ます。
 一方、新しく自分が興味を持ったことを始めるのは、何につけても楽しいことです。特に生かじりのころは、しばらくは気を入れて頑張ります。
 そしてそのことは人に語りたくなるものです。
 下手の横好きというわけで、そういう所に忍び込む危険な誘惑について語っている段です。

 前の段からの繋がりから細かいことを言えば「知りたる気色し」という姿勢がよろしくないということでしょうが、その前に「わが身にうとき事をのみぞ好める」こと自体が、姿勢としてよくないというのでしょう。

 「横好き」にはどこかにきっと遊びがあり、本業ではないという逃げ場があります。

 究極を求める心があって初めてそのことに長じていると言えるのであって、例えば武を求めるなら、その究極であるおのれの死を想定して初めて武たり得る、と兼好は考えるわけです。
 それは第三十九段で法然の「目の覚めたらんほど、念仏し給へ」という言葉を「いと尊かり」と言った厳しさと符合します。

 『全注釈』が「後の段落の好武の風尚の批判の要点は、末尾の『人倫に遠く、禽獣に近き振舞、その家にあらずば、好みて益なきことなり』の一句にある。」として、兼好が「武」を全否定しているかのように言いますが、こういう読み方を見ると、戦後日本の平和主義を背景にした教訓的読み方に引きずられているのではないかという気がします。

 兼好は「人ごとに、わが身にうとき事をのみぞ好める」という、人間の奇妙な性に目を向けて、その浮薄な生き方を批判する流れの中で、「その家にあらずは」と武家以外の者が武を好むことを批判しているのであって、武そのものを否定・批判しようとしているのではないでしょう。

 「武」が後の段落の主たる話題であることは間違いありませんが、その「要点」を挙げるなら「生けらんほどは、武に誇るべからず」であり、それほどの覚悟のない「武」は、所詮「わが身にうとき事」、横好きに過ぎないと言っていると考えるべきです。

 末尾の一文は、武は横好きで行うような事ではない所以を念のために付け加えただけにすぎません。この一文を要点だと考えると、初めの段落との整合を欠くと言わなければならないでしょう。
 そして実は、そう読んで初めて『全注釈』自身の「戦闘の苦痛、死への恐怖を経験せずして『武を好む』法師や貴族に、この批判は痛烈であった」という解説も頷かれるというものです。

 第百八十八段には法師になろうとしながら余事に走って失敗した滑稽譚があります。

《原文》

 人ごとに、我が身にうとき事をのみぞ好める。法師は兵の道をたて、夷(えびす)は弓ひく術知らず、佛法知りたる氣色(きそく)し、連歌し、管絃を嗜みあへり。されど、おろかなる己が道より、なほ人に思ひ侮(あなづ)られぬべし。
 法師のみにもあらず、上達部(かんだちめ)、殿上人(てんじょうびと)、上ざままで おしなべて、武を好む人多かり。百たび戰ひて百たび勝つとも、いまだ武勇の名を定めがたし。その故は運に乘じて敵(あた)を砕(くだ)く時、勇者にあらずといふ人なし。兵(つわもの)盡き、矢窮(きわま)りて、遂に敵に降らず、死を安くして後、はじめて名を顯はすべき道なり。生けらんほどは、武に誇るべからず。人倫に遠く、禽獸に近き振舞(ふるまい)、その家にあらずば、好みて益なきことなり。



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第七十九段「何事も入りたたぬさましたるぞよき」

 前段は「知らぬ人は、心にくし」でしたが、ここはそういう「さましたる」のがよいと言って、意識的な振る舞い方の心得です。
 そして究極は「よくわきまへたる道には、必ず口重く」あれと言います。

 よく知らないことには、もちろん「口重く」あらねばならないのですから、結局なにごとにつけてもあまり喋るなということになります。

 さしずめ、「イツモシヅカニワラッテヰル」(宮沢賢治『雨ニモ負ケズ』)のがよいということになるでしょうか。

 しかしここでは明らかに、あくまでも「さま」が大切なのであって、実際は一途に向かっていることがあり、あるいはよく心得たことがあっての上の、そのようなあり方を求めているわけです。
 第二段で触れた「秘すれば花」の奥ゆかしさと同じものであるといえるでしょう。

 第三十段あたりまでとそれ以後は書かれた年代に相当な開きがあるとされていますが、それにもかかわらずこういう兼好の高踏的美学は一貫して変わらなかったようです。

 もっとも、考えてみれば、物事はそれにいくらか精通してくると、そのことについて分からないことがあるということに次々に気が付いてきて、容易にそのことを語ることができなくなるものです。

 それは例えば、ある問題を大きな円と表すとしますと、その問題に取り付くのは円周上のある一点の小さな疑問からですが、それを解きほぐそうとしてそこからその問題に、つまり円の内側に入り込んでいくにつれて、疑問は面となって彼の前に拡がっていく形になるようなものだと言えるのではないでしょうか。

 ついでにその先を言えば、そうしてその問題の円を蚕が桑の葉を食べるように解きほぐしていくうちに、極めて稀に幸運な人は、円の向こう側に到達して、突然その円が消滅します。
 つまり問題が消滅します。そして彼はそこに別世界を見ることになります。その時彼は「悟り」に達したというようなことになるのだ、という空想を、私は楽しむことがあります。

《原文》

 何事も入りたたぬさましたるぞよき。よき人は知りたる事とて、さのみ知りがほにやは言ふ。片田舎よりさしいでたる人こそ、萬の道に心得たるよしのさしいらへはすれ。されば世に恥しき方もあれど、自らもいみじと思へる氣色、かたくななり。

 よく辨(わきま)へたる道には、必ず口おもく、問はぬかぎりは、言はぬこそいみじけれ。


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第七十八段「今様の事どもの珍しきを言い広めもてなすこそ、またうけられね」

 前段の続きですが、「世にこと古りたるまで知らぬ人は、心にくし」が注目されます。

 『全注釈』は「彼のいつもの、やや保守的、消極的な考え方の現れ」としていますが、これは必ずしも消極的であるだけではないように、私には思われます。

 第三十九段の法然上人の話と同様に、言っている言葉の背景には非常に積極的な志向があると考えなくてはならないのではないでしょうか。

 ここでも、その人は本当に単に何も知らないのではなく、別なところ(それはおそらく彼の専門とするところでしょうが)への関心が著しく強い結果として、トレンデイな事柄に関心が向かないでいるのだと考える方が、「心にくし」という言葉がよく理解できます。

 単に知らないことをもって「心にくし」というのは、言いすぎのように思われます。

 例えば第五十二段の仁和寺の法師は、それによる失敗談ではあるものの、実は一面においてはそういうタイプと言える人なのです。
 また第六十段の成親僧都も別のかたちではありますが、同じタイプの人であるわけです。

 もっとも、後半の「いまさらの人」については、特にそういう人ではなく一般的に考えて読む方が自然かも知れません。

《原文》


 今樣の事どもの珍しきを、いひ廣め、もてなすこそ、又うけられね。世にこと古(ふ)りたるまで知らぬ人は、心にくし。今更の人などのある時、こゝもとに言ひつけたる言種(ことぐさ)、物の名など心得たるどち、片端言ひかはし、目見あはせ、笑ひなどして、心しらぬ人に心得ず思はすること、世なれず、よからぬ人の、必ずあることなり。





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第七十七段「世の中に、そのころ人のもてあつかいぐさに言ひ合える事」

 この段は一般的な書き出しではありますが、やはり「ことに」以下の「ひじり法師」についてが主題でしょう。

 と言っても、この話は前の段と違って、兼好自身にかかわる部分はなさそうです。さすがに彼のやりそうなことではないように思われます。

 もっぱら彼の周囲にいた、こういう好奇心が旺盛で饒舌な人たちに対する彼の気持ちを語っています。

 「うけられね」(納得できない、釈然としない)という言葉ににじむ兼好の当惑した感じがおかしく、また「よく案内知りて」とか「いかでかばかりは知りけん」という言葉に、彼らの知識に対する兼好の呆れた気持ちが感じられ、それがまた兼好の前で、まるで無縁なはずのことを、あたかも重要な問題でもあるかのように真面目に語るその当人の姿を思い描くよすがとなって、おもしろいところです。

《原文》

 世の中に、そのころ人のもてあつかひぐさに言ひあへること、いろふべきにはあらぬ人の、よく案内(あない)知りて、人にも語り聞かせ、問ひ聞きたるこそうけられね。ことに、かたほとりなる聖法師などぞ、世の人の上は、わがことと尋ね聞き、如何でかばかりは知りけむと覺ゆるまでぞ、言ひ散らすめる。

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第七十六段「世の覚え花やかなるあたりに、嘆きも喜びもありて」

 この段から第八十二段までは、前の段に述べた「縁を離れて身を閑かにし、事にあづからずして心を安くせん」がための心得が語られます。

 まずは「ひじり法師」(寺院に所属しない遁世の僧)の心得ですが、その批判が「さらずともと見ゆれ」となっていることについて、『全訳注』が、「情状が少し酌量されている」として「兼好自身が権門との交わりを絶たなかった人であることからすれば、ここには彼なりの含羞があるのかもしれない」としているのがおもしろく思われます。

 「(権門の祭事に)人多く行きとぶらふ中に、ひじり法師のまじりて、言ひ入れたたづみたる」という様子を見ている当の兼好はどこにいるのかといえば、まさか物陰や遠くから窺っているわけでもないでしょう。

 おそらく彼自身も「言ひ入れたたづみたる」一人としてそこにいて、たまたま見かけた光景への思いが、図らずもわが身を語ることになってしまったことへの「含羞」というのは、納得のいくところです。

 兼好という人を祭り上げてしまわないで、そのように生身の人間として考えることが、『徒然草』をおもしろく読む上で大切なことだと思うのです。

《原文》

 世の覚え花やかなるあたりに、嘆きも喜びもありて、人多く往きとぶらふ中(うち)に、聖法師(ひじりほうし)の交りて、いひ入れ佇みたるこそ、さらずともと見ゆれ。
 さるべきゆゑありとも、法師は人にうとくてありなん。



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