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第四十段「因幡国に、何の入道とかやいふ者の娘」

 法然上人についで、まず語られるのは、「ただ栗をのみ食ひて、さらに米の類を」食わないという奇矯な嗜好を持つ娘を、父親が「『かかる異様の者、人に見ゆべきにあらず』とて」結婚させなかったという話です。

 この引用の最後の「とて」を、諸注は「と言って」と訳しています。おそらく前にある「人あまた言ひわたりけれども」を受けた返事の言葉だと考えての訳だと思います。

 そう考えると、例えば『全訳注』にある、この入道の言葉を「対外的コメントであって、愛娘への難詰ではない」と考えて「そこに漂う常軌を逸した厳しさ」に注目するというような読み方が生まれて来ますが、私はこれをぜひ「と思って」と訳したいと思います。
 
 この入道の言葉は決して対外的に発せられたのではなく、むしろはるかに強く、入道が自らに言い聞かせた言葉だと考えるべきでしょう。
 小林秀雄はこの段について「これは珍談ではない。徒然なる心がどんなに沢山な事を言わずに我慢したか」という名高い評を書きましたが、言うまでもないことながら、この入道は、兼好にもまして、どれほど多くのことを言わずに我慢したことでしょうか。それから娘も。

 この短い話から、読むものはこの父と娘の生涯のドラマを思い描くでしょう。そしてそれは当人たちにとっては避けがたく取り替えようのないただ一度の懸命な生涯であったでしょう。

 そのそれぞれもまた、二つのれっきとした人の一生であると兼好は考えるのです。
 決して「珍談」などではありません。それは神聖な喜劇です。
 前段で言ったバリエーションの広がりはここまであるのです。

 それにしても、私は多くを語りすぎたかも知れません。

《原文》
 因幡(いなば)の國に、何の入道とかやいふものの女、かたちよしと聞きて、人あまたいひわたりけれども、この娘、ただ栗をのみ食ひて、更に米(よね)のたぐひを食はざりければ、「かゝる異樣のもの、人に見(まみ)ゆべきにあらず」とて、親ゆるさざりけり。
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第三十九段「ある人、法然上人に」

 前の段から恐らくはかなりの年月を経て、しかし幸いに『徒然草』は書き継がれます。
 現世における一切を全否定しようとした精神は、それがなお誠実に現世に住み続けるとき、いずれは全肯定に変ずるはずです。

 『兼好』は「この段以後の徒然草には、ユーモラスな話が目に見えて増えてくる。兼好の中で、何かが少しずつ変わってきている…」と書いていますが、確かにそういう面があります。

 ここに示される法然の三つの言葉も、いずれも物事の相対性を言って、おおらかなものにこだわらない、「思いがけないほどの柔軟性に富む」(『兼好』)あり方を勧めているように見えて、前の第三十八段の語気とはまるで異質です。
 ただ、もちろん単におおらかで「ユーモラス」なだけではありません。

 第一の言葉。眠たくて念仏行が出来ないときどうしたらいいかという問いに対して上人は「目の覚めているときに唱えなさい」と応えます。いかにもおおらかな言葉のようで、「法然のやさしさ、柔らかさが好もしくとらえられて」(『全訳注』)いるのですが、この言葉の背後には「自己に可能なることを自覚せず、不可能事ばかりを障碍として考えたがる人間の弱さ・安易さを鋭く指示している」(『全注釈』)厳しさがあるのであって、言葉は優しいのですが、その背景には法然の自らに対する厳しい覚悟があるのです。

 第二の言葉。「極楽浄土に生まれることは、確実に出来ると思えば確実に出来ることであり、不確実なことだと思えば不確かなことになるのだ」(『集成』訳)。
 『全注釈』は、これの元になるものとして『拾遺和語燈録』の中の言葉を挙げています。

 《心に往生せんとおもひて、口に南無阿弥陀仏ととなへて、声につきて決定往生のおもひをなすべし。その決定 の心によりて、即ちおうじょうの業はさだまる也。かく心うればうたがひなし。往生は、不定とおもへばやがて 不定也。一定とおもへば一定する事にて候也》

 兼好が示した言葉だけで考えると「一定」「不定」どちらとも言えるという意味のようにも見えますが、この元の言葉を見れば真意は明らかにそうではなく、「決定の心」、「決定往生のおもひをなすべし」という断固たる決意、絶対的帰依こそが大切だと言っているように私には思えます。

 第三の言葉。「疑ひながらも念仏すれば、往生す」については、『全注釈』がいうように『作品研究』の解釈が優れています。

 《『疑ふ』というごとき個人意識上のことは、念仏という如き絶対的真実の前には問題ならないという信念の発 露である。》

 兼好は第三十八段からこの段の間に、確かに長い期間を経て、全否定を抜け出して「絶対的真実」を説く法然の世界を承認するに至ったのではないでしょうか。

 『全訳注』は第八十四段をこの話と「一脈通じるころがある段」としていますが、私は、この段は、むしろ第八十五段の方に近いものとして読みたいと思います。
 この世に絶対的真実が存在することを承認すれば(みずからその真実に到達したというのではなくても、その存在を承認しさえすれば)、その元での現世の一切の存在は「生」のバリエーションに過ぎないでしょう。それは即ちこの現世を全肯定することに他ならないと思われます。初めに法然の言葉がおおらかに感じられたのはその故なのでしょう。

 兼好は、これから後、そういう眼で、かつては「言ふにたらず、願ふにたらず」(第三十八段)と評した人間の様々な生き方を、底に「絶対」なるものを秘めた「人間喜劇」として、見詰め、描いていっているのだと思います。

《原文》
 或人、法然上人に、「念佛の時、睡りに犯されて行を怠り侍る事、如何(いかゞ)して此の障りをやめ侍らん」と申しければ、「目の覺めたらむ程、念佛し給へ」と答へられたりける、いと尊かりけり。又、「往生は、一定(いちじょう)と思へば一定、不定と思へば不定なり」といはれけり。これも尊し。
 また、「疑ひながらも念佛すれば往生す」とも言はれけり。是も亦尊し。
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第三十八段「名利に使はれて、閑かなる暇なく、一生を苦しむるこそ、愚かなれ」

『全訳注』が次のように言っています。

《漢文訓読調による硬質な文章である。本書の中に前例を見ないもので、その趣旨も前段までとはうって変わる。逐段的に読み進めた場合、少なくない衝撃をあたえられるだんであろう。
語気のただならぬ激しさはあるが、説かれているところはそれほど異色あるものではなく、中国哲学の否定の論理に導かれた考え方を披瀝にているにすぎないといえばいえよう。》

 現世のただ中に生きる人が、その名利・栄達の一切を否定して「万事は皆非なり。言ふに足らず、願ふに足らず」と結ぶ文章を書く時、その人はおおむね思いあまっているのではないでしょうか。
 なぜなら、生身の人間にとって現世とは、肯定とか否定とかするものではなく、現にそこにあって、しかもそれ一つしかないものなのですから。

 文章は古今の文献をふまえた絢爛たるものと言っていいのでしょうが、そうであればあるほど、ここに、筆者のたどりついた本当の気持ち、考え、思想が書かれているなどと考えることはできません。

 こういう文章が本当に内容どおりの意味を持って現世の人々に迫ることができるのは、書いた当人が現実に書いてあるとおりのことを実行し果たして、それなりの姿で現れた場合以外には無いのではないでしょうか。
 もっともその時そういう人がこういう文章を書くことに意味を感じるかどうか疑わしいのですが。 

 これはどんなに論理的に見えようとも、勢いで書かれた文章であって、紛れもなく「兼好の精神の危機がはっきりと表れている」(『兼好』p192)と考えるべき文章です。
 その危機がどういう危機であったかは、今となっては知るよしはないかもしれません。しかし、危機は確かにあったと、私も思います。

 第三十段のところで触れたように、『兼好』は、ここから次の第三十九段の間に、明確な断絶が、そして飛躍があるとしていて、それは大変に納得のできる説だと思います。

 ここまで書いて、ふと見直すと、実はこの段と前の段の間にも大きな断絶がありそうに思えてきました。
 この段は、前後に執筆の断絶のある、特異な段なのかも知れません。

《原文》
 名利に使はれて、靜かなる暇なく、一生を苦しむるこそ、愚かなれ。
 財(たから)多ければ身を守るにまどし。害を買ひ、煩ひを招く媒(なかだち)なり。身の後には金(こがね)をして北斗を支ふとも、人の爲にぞ煩はるべき。愚かなる人の目を喜ばしむる樂しび、又あぢきなし。大きなる車、肥えたる馬、金玉の飾りも、心あらん人はうたて愚かなりとぞ見るべき。金は山にすて、玉は淵になぐべし。利に惑ふは、すぐれて愚かなる人なり。
 埋もれぬ名をながき世に殘さむこそ、あらまほしかるべけれ。位高く、やんごとなきをしも、勝れたる人とやはいふべき。愚かに拙き人も、家に生れ時にあへば、高き位にのぼり、驕りを極むるもあり。いみじかりし賢人・聖人、みづから卑しき位にをり、時に遇はずして止(や)みぬる、また多し。偏に高き官・位(つかさ・くらゐ)を望むも、次に愚かなり。
 智惠と心とこそ、世に勝れたる譽(ほまれ)も殘さまほしきを、つらつら思へば、譽を愛するは人の聞きを喜ぶなり。譽むる人、譏(そし)る人、共に世に留まらず、傳へ聞かん人またまた速かに去るべし。誰をか恥ぢ、誰にか知られんことを願はん。譽はまた毀(そしり)の本(もと)なり。身の後の名、殘りて更に益なし。これを願ふも次に愚かなり。
 たゞし、強ひて智をもとめ、賢をねがふ人の爲に言はば、智惠出でては僞(いつはり)あり。才能は煩惱の増長せるなり。傳へて聞き、學びて知るは、まことの智にあらず。いかなるをか智といふべき。可・不可は一條なり。いかなるをか善といふ。まことの人は、智もなく、徳もなく、功もなく、名もなし。誰か知り、誰か傳へむ。これ、徳をかくし、愚を守るにあらず。もとより賢愚・得失のさかひに居らざればなり。
 迷ひの心をもちて名利の要を求むるに、かくの如し。萬事はみな非なり。いふに足らず、願ふに足らず。
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第三十七段「朝夕へだてなく馴れたる人の、ともある時」

 これも魅力的な女性の話です。

 前の段が作為のあり方であったのに対して、こちらは女性がたまたま普段とは違う姿を垣間見せた時の新鮮な魅力について語ります。
 喪服の女性が普段以上に美しく見えるというのはよく言われることですが、この段の前半は、例えばそういうことを考えれば解りやすいでしょう。

 「ひきつくろへるさまに見ゆる」のがいいというのですから、普段の「馴れたる」状態とダブルイメージで見ているのでしょう。
 伊勢物語の二十三話「筒井筒」の「高安の女」では反対に「てづから飯匙とりて、笥子のうつはものにもりけるを見て、心うがりていかずなりにけり」とあります。

 後半の話は「うとき人」から思いがけず気軽なことを話しかけられた時の感動を語っています。そこに感動があるのは、『全訳注』の言うように、それは「かねて相手から意識されていたことのあかしである(少なくとも、本人はそのように思う)から」です。
 そしてこれは必ずしも女性からでなくても、例えば同性同士でも同じでしょう。

 私はこれまで、いずれにしてもこの場合、その人がかねてこちらから好意か敬意をもっていた人である必要はあるだろうと思って読んでいましたが、今回、最後に「思ひつきぬべし」(心をひかれるに違いない)とあるのだから、この時がきっかけで好意を持つようになると言っているのだと思い至り、確かにそういうこともあろうと、改めて人間関係というものの微妙さを思わされました。

《原文》

 朝夕へだてなく馴れたる人の、ともある時に、我に心をおき、ひきつくろへる樣に見ゆるこそ、今更かくやはなどいふ人もありぬべけれど、猶げにげにしく、よき人かなとぞ覺ゆる。
 疎き人の、うちとけたる事などいひたる、また、よしと思ひつきぬべし。
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第三十六段「久しくおとづれぬころ、いかばかり恨むらんと」

 「仕丁やある、ひとり」と言ってきたのが、なぜ「ありがたく、うれしけれ」なのでしょう。『全注釈』で考え ると、次のようなことが考えられるようです。
 1.男の無沙汰を責める代わりに、虚心坦懐に言ってよこした優しさ、さっぱりとした気立てがいいと思った。
 2.男の無沙汰を恨みもせず疑うこともなく、実際に仕丁が必要になったので、一途に信頼できる人として頼み  事を言ってきた素直さがいいと思った(西尾実説)。
 3.男が自らの無沙汰の始末に困っていると思い、きっかけにするように用件を頼んできた心遣いがいいと思っ  た。
 4.3と同じだが、さらに「ひとり」というのは、暗に男自身を指して、招いていると思われて、いいと思った。

 この男女の関係は、右の内、1なら単なる交友関係で、あとの三つはいずれも愛情がらみということになるでしょう。

 しかし1では「いかばかり恨むらん」と思ったりすることはないでしょうから、やはり愛情がらみのあとの三つということになりそうです。
 『全注釈』は2のようですが、『全訳注』、『集成』は3と考えています。
 もっとも、『全訳注』は3と考えた上で、「ただし、どのように解しても、この女性は大方の同性の共感を呼びにくいのではあるまいかとも思われる」と言っていて、なるほどと思いました。

2の女性はいささかカマトトに思えます。こういう無自覚は、兼好の好みではないように私には思えます。
もっとも『伊勢物語』二十三話「筒井筒」の幼なじみの女性があのように讃えられていることをみると、この選択も無いではないという気もします。

一方、3のように考えて、このままこの女性を認めるのは「見ぐるしとて人に書かするはうるさし」と言った兼好の趣味には合わないような気がします。
ずっと後になりますが、「大方、ふるまいて興あるよりも、興なくてやすらかなるが、まさりたる事なり」(第二百三十一段)とも言っています。

すると「来て下さいな」というのが最も兼好好みということになります。

しかし当時としては女性から招いたりしたら不粋不作法の極みだったでしょうから、それはできなかったでしょうし、話としても、3のようにちょっとひねった話と考える方が魅力的でるように思われます。

 そして事実としてもそういうことだったのではないでしょうか。

 つまり、この女性の場合、作為はやむを得なかったので、問題はどこまでの作為なら「ありがたくうれしけれ」と思ってもらえるか、代筆や「百日の鯉」(さっきの第二百三十一段)のように露骨であってはならない、しかし必要な配慮はされなければならない、という大変に微妙な綱渡りに成功した、というわけです。

《原文》
 「久しく訪れぬ頃、いかばかり恨むらむと、我が怠り思ひ知られて、言葉なき心地するに、女のかたより、『仕丁(じちゃう)やある、一人』なんどいひおこせたるこそ、ありがたくうれしけれ。さる心ざましたる人ぞよき」と、人の申し侍りし、さもあるべき事なり。
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