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第百九十段

 大変に明快で厳しい意見なので、読む人によって様々に見解が分かれるでしょう。

 諸注もそのとおりで、手元の三つの本がそれぞれに異なる解釈をしています。長くなりますが、要点となるところを並べてみます。

 《結婚生活を続ける男性の誰もが経験している、隠微な気持ちをとり出して、それに大胆な照明を与え、世の常識見を打破している痛烈さに価値があるのであって、それが『一面の真理』となって、我々の心を打つのである。》『全注釈』

 《平安朝文学に登場するみやび男の生活に理想をおき、男女の恋愛感情を純粋に維持しつづけようとする立場に立っての立言である。》『集成』

 《よほどラデイカルな人間論か、でなければ、一生結婚することなく終わった男の嫉妬の情を背後に見ないかぎり、にわかには理解できない論である。》『全訳注』

 第六段の「子といふもの、なくてありなん」という意見には、そのように言う理由に触れられていませんでしたが、こちらは理由は明快です。
 ただ、その理由は当然、出家の妨げ、諸縁放下すべしという観点からであろうと思って読むのですが、意外なことに全くそうではありません。

 挙げられているのは全て現世的な理由であって、簡単に言えば、所帯を持つと女はぬかみそ臭くなるから嫌だ、ということのようです。
 そういう立場からすれば、「家のうちをおこなひ治めたる女」や「子など出て来て、かしづき愛したる」女の様子はいかにも俗っぽく見えることでしょう。
 私などは実はその方こそがむしろ女性の女性たる所以で、男の到底かなわない尊い点だと、考えているのですが。

 兼好のこの見方は、女性をあくまで「美しい」ものとしてだけ見たいと考える、一面的ではあるものの女性崇拝の裏返しの見方なのであって、そういう意味で『集成』の見解が当を得ているのかも知れません。

 第百三十七段では「よろづの事も、始め終わりこそをかしけれ。男女の情けも、ひとへに逢ひ見るをばいふものかは。」と書いていましたが、それもまた「夫婦」という関係ではなく「恋愛」感情からの考え方です。

 『全注釈』が『日本婚姻史』(高群逸枝著)を引いて、兼好の時代、婚姻の形態として夫婦同居に定着していく過渡期であって、兼好はその新しい形態に対する違和感を語っていると考えているらしいのですが、そういうことも一面としてありそうなことに思われます。
 尚古趣味の一端とも言えるわけです。

 第百七段の辛辣な女性論は男性からの一般的見方としてそれなりの妥当性を持っていましたが、この段の結婚論は、そういう時代の産物か、または兼好固有の趣味の範囲を出ないように思われて、とても「我々の心を打つ」というところには至らないのではないでしょうか。
《原文》
妻といふものこそ、男の持つまじきものなれ。「いつも獨り住みにて」など聞くこそ、心憎けれ。「たれがしが婿になりぬ」とも、又、「いかなる女をとりすゑて、相住む」など聞きつれば、無下に心劣りせらるゝわざなり。異なることなき女を、よしと思ひ定めてこそ、添ひ居たらめと、賤しくもおし測られ、よき女ならば、そらうたくして、あが佛と守りゐたらめ。たとへば、さばかりにこそと覺えぬべし。まして、家の内を行ひをさめたる女、いと口惜し。子など出できて、かしづき愛したる、心憂し。男なくなりて後、尼になりて年よりたる有樣、亡きあとまで淺まし。
 いかなる女なりとも、明暮そひ見むには、いと心づきなく憎かりなむ。女のためも、半空(なかぞら)にこそならめ。よそながら時々通ひ住まむこそ、年月へても絶えぬなからひともならめ。あからさまに來て、泊り居(ゐ)などせむは、めづらしかりぬべし。
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第百八十九段

 この段は、わが身の周辺を思って溜息をつきながら読むのではなくて、全くおかしなものだよなあと笑いながら読むのがよいでしょう。

 前半の畳みかけられた三組の対句が巧みで軽やかで、人生の不如意がさらりと語られているという、すがすがしさがあります。

 そしてそれでもやはり不如意だけに目が向いているところで、後半になると思いがけず不如意だけではなく、それを覚悟している中で出会う幸運が語られてほっとします。

 まことに世俗は悲喜こもごもで、それがつまりは現世の人生というものです。
 「禍福はあざなえる縄の如し」というのは禍と福がそれぞれ関連を持ち、繋がっていくという話ですが、実際はそれがバラバラに訪れます。
 また「情けは人のためならず」、情けを人に施しておくと、いつかそのよい報いが自分に返ってくるというのも、しばしば情けを施した相手からではなく、巡りめぐって思いがけない方面から情けを受けることがあるものです。

 ただそれも、何かにこだわって自分の心が頑なになっている時は、実は目の前に訪れている福の方に目が行かないということが起こりますから、心の持ち方には注意を要します。

 自分の思っているようには動いていかないで、よくないかと思っていて、ふと気が付くと、別のところで思いがけずうまくいってしまっている、人生はよくしたものだと思える時があります。
 この文章はそうした時のものではないでしょうか。

《原文》
今日はその事をなさむと思へど、あらぬ急ぎまづ出で來て紛れ暮し、待つ人は障りありて、頼めぬ人はきたり、頼みたる方のことはたがひて、思ひよらぬ道ばかりはかなひぬ。煩(わづら)はしかりつる事はことなくて、安かるべき事はいと心苦し。日々に過ぎゆくさま、かねて思ひつるに似ず。一年のこともかくの如し。一生の間もまたしかなり。
 かねてのあらまし、皆違ひゆくかと思ふに、おのづから違はぬ事もあれば、いよいよものは定めがたし。不定と心得ぬるのみ、誠にて違はず。

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第百八十八段

 初めの「ある者」の息子の話は、それだけで一段と考えてもいいくらいにおもしろい話です。

 というより、後の即時出家の話の枕と分かると、かえって興をそがれる思いがしないでしょうか。

 「けり」を使っていますから、一応は誰かから聞いた実話ということなのでしょう。

 彼は決して愚かなのではなく大まじめな人で、それは第五十二段の石清水参詣を志した仁和寺の法師に似たところのある真面目さです。

 まず、大真面目にこういうことに考え至ったという点が滑稽です。
 そして驚いたことに「二つのわざ、やうやう境に入り」となるところまでやったのが立派で、また滑稽です。
 そして「落ち」となるわけですが、私にはこの話は、なにやら兼好の自画像ではないかという気がしてきます。

 『徒然草』には、諸縁放下、即座出家は繰り返し語られますが、その先にあるはずの仏教そのものの尊さとか宗教的境地といったものはほとんど書かれることがありません。
 仮に書かれることがあっても、例えば第六十段の成親僧都のように、常に世俗から見える姿でしか書かれません。

 終わりの登蓮法師の話も、大真面目で愉快な話です。
 人が真面目に大慌てで騒いでいる姿は、どうかするとひどく滑稽に見えます。
 サッカーの試合を見ていて、ふと、大の大人が大まじめな顔をして大きなボールを蹴ったり追いかけ回して、自分でもおかしくなったりしないだろうかと思うことがあります。

 雨の中を「走り出でて」行ったという真面目さに微笑まれますが、その前に、「あまりに物さわがし。雨やみてこそ」という引き留めた言葉も、彼の大慌ての真面目さに引きずられた妙な言葉で、雨が止んでから行くのであっても、十分「物さわがし」くはないでしょうか。

 それを兼好は「ゆゆしくありがたう覚ゆれ」と言いますが、この言葉は同じ世界にいる人の言葉ではなく、一段下からのもので、彼自身はまだその境に入っていないことを示しているように思われます。

 兼好の精神はついに世俗から離れることはなかったのではなかったでしょうか。

《原文》
ある者、子を法師になして、「學問して因果の理をも知り、説經などして世渡るたづきともせよ」といひければ、教のまゝに、説經師にならん爲に、まづ馬に乘り習ひけり。輿・車もたぬ身の、導師に請ぜられん時、馬など迎へにおこせたらんに、桃尻にて落ちなんは、心憂かるべしと思ひけり。次に、佛事の後、酒など勸むることあらんに、法師のむげに能なきは、檀那すさまじく思ふべしとて、早歌(さうか)といふ事をならひけり。二つのわざ、やうやう境(さかひ)に入りければ、いよいよよくしたく覺えて嗜みける程に、説經習ふべき暇(ひま)なくて、年よりにけり。
 この法師のみにもあらず、世間の人、なべてこの事あり。若きほどは、諸事につけて、身をたて、大きなる道をも成し、能をもつき、學問をもせんと、行末久しくあらます事ども、心にはかけながら、世をのどかに思ひてうち怠りつゝ、まづさしあたりたる目の前の事にのみまぎれて月日を送れば、事毎になすことなくして、身は老いぬ。つひに、ものの上手にもならず、思ひしやうに身をも持たず、悔ゆれどもとり返さるゝ齡ならねば、走りて坂をくだる輪の如くに衰へゆく。
 されば一生のうち、むねとあらまほしからむことの中に、いづれか勝ると、よく思ひくらべて、第一の事を案じ定めて、その外は思ひすてて、一事を勵むべし。一日の中、一時の中にも、數多(あまた)のことの來らむなかに、少しも益のまさらむことを營みて、その外をばうち捨てて、大事をいそぐべきなり。いづかたをも捨てじと心にとりもちては、一事も成るべからず。
 たとへば碁を打つ人、一手もいたづらにせず、人に先だちて、小を捨て大につくが如し。それにとりて、三つの石をすてて、十の石につくことは易し。十を捨てて、十一につくことは、かたし。一つなりとも勝らむかたへこそつくべきを、十までなりぬれば、惜しく覺えて、多くまさらぬ石には換へにくし。これをも捨てず、かれをも取らむと思ふこゝろに、かれをも得ず、これをも失ふべき道なり。
 京に住む人、急ぎて東山に用ありて、既に行きつきたりとも、西山に行きてその益まさるべきを思ひえたらば、門(かど)よりかへりて西山へゆくべきなり。こゝまで來つきぬれば、この事をばまづ言ひてん。日をささぬことなれば、西山の事は、帰りてまたこそ思ひたためと思ふ故に、一時の懈怠(けだい)、すなはち一生の懈怠となる。これを恐るべし。
 一事を必ず成さむと思はば、他の事の破るゝをも痛むべからず。人のあざけりをも恥づべからず。萬事にかへずしては、一の大事成るべからず。人のあまたありける中にて、あるもの、「ますほの薄(すすき)、まそほの薄などいふことあり。渡邊の聖、この事を傳へ知りたり」と語りけるを、登蓮法師、その座に侍りけるが、聞きて、雨の降りけるに、「蓑・笠やある、貸したまへ。かの薄のこと習ひに、渡邊の聖のがり尋ねまからん」といひけるを、「あまりに物さわがし。雨やみてこそ」と人のいひければ、「無下の事をも仰せらるゝものかな。人の命は、雨の晴間を待つものかは、我も死に、聖もうせなば、尋ね聞きてむや」とて、走り出でて行きつゝ、習ひ侍りにけりと申し傳へたるこそ、ゆゝしくありがたう覺ゆれ。「敏(と)きときは則ち功あり」とぞ、論語といふ文にも侍るなる。この薄をいぶかしく思ひけるやうに、一大事の因縁をぞ思ふべかりける。

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第百八十七段

 兼好は、平凡の中に真実があると考えています。
 それはこの前二つの段の馬の達人の話でもそうでした。

 芸の道においては、目に見える芸や技が大切であることはもちろんですが、それだけではなく、日常的にそこに浸っているという平凡なことによってしか身につけることのできない、大切な何ものかがあると考えているということでしょう。

 落語の五代目古今亭志ん生は名人だったようですが、最晩年は残念ながら語り口があやしく、ラジオで聞く以外に触れる手立てのなかった私は、他の噺家(例えば当時の金馬、小さん、円歌、息子の馬生や志ん朝)の方がはるかにいいと思っていました。
 しかし没後、テレビで幾度か見る機会があって、実は彼の晩年は、その落語を聞くのが楽しいというよりも、その風貌を含めて演じている彼自身を見ていることで楽しい人だったのだと納得しました。

 それは落語というものが高座の日常として身についてしまった(本当の日常も実際そういうところがあったようですが)人の姿なのだと思います。

 ただ、現実的にはそういう人と「堪能の非家の人」とを見分けるのは、そう容易なことではないでしょう。

 そして実は逆に、「道の人」が「たゆみなく慎みて、軽々しくせぬ」ように努めたからといって、誰もが「堪能の非家の人」に「必ずまさる」ことができるとも限らない、いや、むしろ大変心許ないというのが、実際のありようなのではないかと思います。

 ここに兼好が書いたのは、現実にそうなのだというのではなくて、摂理としてそうであってほしいという彼の願望か、あるいは普通に、そう心得るべきだという心構えの大切さを語ったということなのではないでしょうか。

《原文》
萬の道の人、たとひ不堪なりといへども、堪能の非家(ひけ)の人にならぶ時、必ずまさることは、たゆみなく愼みて輕々しくせぬと、ひとえに自由なるとの等しからぬなり。
 藝能・所作のみにあらず。大方の振舞ひ・心づかひも、愚かにして謹めるは得の本なり。巧みにしてほしきまゝなるは、失の本なり。
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第百八十六段

 前の段と同様に、馬に乗る時の心構えの話です。

 「馬ごとにこはきものなり」という臆病な認識が、新鮮で的確です。

 考えてみれば、馬は人間より遥かに大きく力があり、それでいて基本的に人間の意志を理解しません。
 普段は調教されている範囲で理解しているように見えるでしょうが、何かことが起こった時、恐怖や驚きが生じた時、調教の通りに動く保障はないでしょう。
 突発的な野生の復活には、たぶん人は手を拱くしかないと思われます。

 そういうことをあらかじめ予期して、せめて事前のチェックに万全を期す、それが達人のあり方だというわけです。

 人は、人の力をはるかに越えるものを利用して生活を成り立たせている部分が多くあります。

 車の運転もそうですし、原子力もそうです。
 そういう、暴走すれば圧倒的な破壊力をもつものを、どこまで利用できる範囲に制御できるか、そこには不断の心配りが求められています。

 使う者のその人間の心配りの必要性を可能な限り減らそうとする努力はなされているのですが、しかし、ゼロにはなりません。

 人間たちはしばしばそれを忘れるようです。
 「心にかかる事あらば、その馬を馳すべからず。」は肝に銘ずべき言葉です。
 しかし逆に、そういう危険なものを見事に制御して自分のものとしてみたいと思うのもまた、人間の困った性分の一つなのです。

《原文》
吉田と申す馬乘りの申し侍りしは、「馬ごとに こはきものなり。人の力爭ふべからずと知るべし。乘るべき馬をば、まづよく見て、強き所、弱き所を知るべし。次に轡(くつわ)・鞍の具に、危きことやあると見て、この用意を忘れざるを馬乘りとは申すなり、これ秘藏のことなり」と申しき。


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