上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
第百十段「双六の上手といひし人に、その手立てを問ひ侍りしかば」

 以前、将棋の名人戦の挑戦者になった某棋士が、当時一世を風靡していた名人について、対局の前に、名人は決して強くない、相手が勝手に転んでいるだけだ、と意気込みを語って物議を醸したという話がありますが、囲碁や将棋の場合、偶然性が少ない分だけ、正しい手を指していれば負けないわけです。

 ヘボ同志では名手はあまり期待できませんから、明らかに悪手の方が多い方が負けるわけで、その悪手を減らせば勝てるはずです。それを極度にランクアップしたのが名人戦だと考えれば、私たちにもその某棋士の発言は案外素直に頷けます。

 「負けじと打つべきなり」という教えは、いい手はいらない、悪手を指さないことというのと同じなのではないでしょうか。

 サッカーでも守り一辺倒の相手にゴールを決めて勝つというのは、相当実力差があっても、容易なことではないようです。

 しかし、そういう勝負はやっていておもしろみが薄い。やはり勝負は勝ってこそその醍醐味があるので、どうしても勝とうという気持ちを抑えるのは難しい。

 そこで勝とうとすれば攻めることになります。何事につけ、攻める姿勢には、隙が免れないようです。相手が対等以上であれば必ずその隙を突かれるでしょう。そうすれば負ける危険が常にリスクとして残る、というようなことでしょうか。

 負けまいとすれば、守ることになります。攻めの時は自分でこの時と選べるが、守りは常住の務めであって、これもまた「寸陰惜しむ」ことが出来ません。

 遠くに見えている勝ちよりも、目の前の平常を大切にせよ、遠くの芝生は青く見える、創業と守成はどちらか、山のあなたの、といくら言われても、ついつい分不相応に、今とは違う新しい世界を信じ、求めてしまうのが、人間のすばらしいところでもあり、愚かしいところでもあるようです。

《原文》
 雙六(すぐろく)の上手といひし人に、その術(てだて)を問ひ侍りしかば、「勝たんとうつべからず、負けじとうつべきなり。いづれの手か疾く負けぬべきと案じて、その手を使はずして、一目なりとも遲く負くべき手につくべし」といふ。

 道を知れる教(おしえ)、身を修め、國を保たむ道も、またしかなり。

にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ にほんブログ村 本ブログ 古典文学へ にほんブログ村 教育ブログ 国語科教育へ
スポンサーサイト
第百九段「高名の木のぼりといひしをのこ、人をおきてて」

 木登り名人が人に命じて木に登らせたということは、木登りということが職人として成り立っていたということなのでしょうか。
 現代なら、庭師か林業者というところなのでしょうが、それを「木登りの名人」と言われると、子どもの遊びの延長のようで笑ってしまいます。

 前段の「寸陰惜しむ人」ということでの繋がりでしょう、第九十二段の「二の矢」の話に並ぶ、人の心の隙を諫める話です。
 教訓としても一級の話ですが、それ以上に、達人の人を見る眼を物語り、またその人のその時々の緊張感、心配りが感じられて、よい話です。

 この段の話はもちろん「高名の木登り」と言われた人の言った「あやまちは、安き所になりてこそ、必ず仕る事に候」という言葉が大変いい言葉だったという点にあるのですが、すぐあとに「聖人の戒めにかなへり」と言っていますから、兼好は同じ内容のことを「聖人の戒め」としてすでに知っていたわけです。
『全注釈』によれば『易経』の「君子は安けれども危うきを忘れず」云々などが挙げられるようです。

 ということは兼好の関心の中心は、この言葉の内容そのものについてではなくて、次の「あやしき下臈なれども、聖人のいましめにかなへり」にあったということになります。
 兼好は、「聖人」の言葉など知るはずのない身分の賤しいものが、聖人と同じ事を言ったという点に驚いたのです。

 つまりこの話は、「最後まで油断してはいけないよ」というような教訓話であるよりも、第五十一段の大井の土民の話と同様に、「よろづに、その道を知れる者は、やんごとなきものなり」という賛嘆の話として書かれているということです。

 身分制度の厳しい社会の中で、それにとらわれずに、人間の素晴らしさを発見したという話として読むのがこの段の本筋だと思います。

 もっとも、「下臈」などと呼んでいるのは、現代から見ればまだその認識が不十分ということなのでしょうが、それは時代のせいで、仕方のないことでしょう。

《原文》
 高名の木のぼりといひし男(おのこ)、人を掟てて、高き木にのぼせて梢を切らせしに、いと危く見えしほどはいふこともなくて、降るゝ時に、軒長(のきたけ)ばかりになりて、「あやまちすな。心して降りよ」と言葉をかけ侍りしを、「かばかりになりては、飛び降るとも降りなん。如何にかく言ふぞ」と申し侍りしかば、「その事に候。目くるめき、枝危きほどは、おのれが恐れ侍れば申さず。あやまちは、安き所になりて、必ず仕ることに候」といふ。
 あやしき下臈なれども、聖人の戒めにかなへり。鞠も、かたき所を蹴出して後、やすくおもへば、必ず落つと侍るやらむ。



にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ にほんブログ村 本ブログ 古典文学へ にほんブログ村 教育ブログ 国語科教育へ
第百八段「寸陰惜しむ人なし。これよく知れるか、愚かなるか。」

 第五十九段や七十四段の系列にある、無常迅速を語る段ですが、幾度も語ってこられた内容であるせいか、衝迫力においてかの段には劣ると思われます。

 人に向かって説いている調子ではありますが、このように幾度も書いているということは、やはり自分自身の問題と考えているのではないでしょうか。
 しかしそれにしては、先に言うように、人に向かって説いている調子であるのが大変に気になります。

 彼自身は自分を「道人」と考えていたのでしょうか。
 そして彼自身としては、ここに書いたことを果たしていると考えていたのでしょうか。
 そこのところがどうも腑に落ちません。

 第九十二段で彼は「何ぞ、ただ今の一念において、ただちにする事の甚だかたき」と書きましたが、そういう自省の姿勢がこの段に感じられないのが残念に思われます。

《原文》

 寸陰惜しむ人なし。これよく知れるか、愚かなるか。愚かにして怠る人の爲にいはば、一錢輕しといへども、これを累(かさ)ぬれば、貧しき人を富める人となす。されば、商人(あきびと)の一錢を惜しむ心、切なり。刹那覺えずといへども、これを運びてやまざれば、命を終ふる期(ご)、忽ちに到る。
 されば、道人は、遠く日月を惜しむべからず。ただ今の一念、空しく過ぐることを惜しむべし。もし人來りて、わが命、明日は必ず失はるべしと告げ知らせたらんに、今日の暮るゝ間、何事をか頼み、何事をか營まむ。我等が生ける今日の日、何ぞその時節に異ならん。一日のうちに、飮食(おんじき)・便利・睡眠・言語(ごんご)・行歩(ぎゃうぶ)、止む事を得ずして、多くの時を失ふ。その餘りの暇、いくばくならぬうちに無益(むやく)の事をなし、無益の事を言ひ、無益の事を思惟(しゆい)して、時を移すのみならず、日を消(せう)し、月をわたりて、一生をおくる、最も愚かなり。
 謝靈運は法華の筆受なりしかども、心、常に風雲の思ひを觀ぜしかば、惠遠(えおん)・白蓮の交はりをゆるさざりき。しばらくもこれなき時は、死人に同じ。光陰何のためにか惜しむとならば、内に思慮なく、外に世事なくして、止まむ人は止み、修(しゅう)せむ人は修せよとなり。





にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ にほんブログ村 本ブログ 古典文学へ にほんブログ村 教育ブログ 国語科教育へ
第百七段「女の物いひかけたる返事、とりあへずよきほどにする男は」

 女性がいてこその男である、というのが前半で、後半は一転してその女性に対する呵責なき批判になっています。

 前段になっている「郭公や聞き給へる」と言う問いかけへの返事の優劣の話では、劣るとされた「数ならぬ身は、え聞き候はず」には典拠があるということを、問いかけた女房たちも、そして実は兼好も気が付かず、ただの卑下と思って、わざとらしいと感じたのではないか、という『全訳注』の解説がおもしろく思われます。

 優るとされた「岩倉にて聞き候ひしやらん」は不粋な実務官僚の言葉で、ただ用件のみの対話でしかないでしょう。
 しいて言えば、第五十三、五十四段の仁和寺の法師の話や第二百三十一段の別当入道の話のように、「ふるまひて興あるよりも、興なくてやすらかなるが、まさりたることなり」という精神かと思われなくもありませんが、それは女房社会の趣味とは思えません。

 兼好も決して万能ではなかったということをふまえておく方が、この作品を生き生きと読めるように思います。

 後段の女性批判は、男性から見た女性の否定的一面を極めて的確に書いていることは間違いありません。

 しかし、兼好がどれ程厳しく女一般を批判しても、人間の世の中が男女の共存によってのみ成り立っている以上、それは現実的にはあまり意味をなさないのであって、批判の言葉は、男にとっての教訓的意味を持つ外は、結局その人の女性経験の満たされなかった部分を物語ることにしかならないと言うべきでしょう。

 女性が、兼好の言うような点でつまらぬ存在であることは、その通りかも知れませんが、そうだとしても、ではそれに比べて男性がつまらなくない存在かというと、そうではなく、同じ程度につまらない存在なのです。

 たとえば、フランスの男は女を天使と下女のどちらかにしか見ない、というような言葉を聞いたことがありますが、では女は男をきちんと人間として見ているのかというと、おそらくそうではないでしょう。

 人は物事をその時の自分自身の心情というフィルターを透してしか見ることはできないのです。

 その意味で最後の「ただ迷ひを主としてかれに随ふ時、やさしくもおもしろくも覚ゆべき事なり」がおもしろく思われます。

 このとき男にとって女性の先に挙げられ数々の短所が一変してことごとくいじらしく蠱惑的な点に思えるのです。
 おそらく男女のこの種の愚かしさは、すべて種の保存の一点を目指して予定調和的に準備されているのでしょう。

 それにしても前段の「数ならぬ」のような洒落た対話が、古来どんなに多く相手に気付かれないままにその場で消えていったことかと思います。
 そういう危うい関係の中を生きることを日本人のドラマ性と捉えた、山崎正和の『劇的なる日本人』という著書があります。

《原文》
 女の物いひかけたる返り事、とりあへずよき程にする男は、有りがたきものぞとて、龜山院の御時、しれたる女房ども、若き男達(おのこだち)の參らるゝ毎に、「郭公(ほととぎす)や聞き給へる」と問ひて試みられけるに、某(なにがし)の大納言とかやは、「數ならぬ身は、え聞き候はず」と答へられけり。堀河内大臣殿は、「岩倉にて聞きて候ひしやらん」と仰せられけるを、「これは難なし。數ならぬ身むつかし」など定め合はれけり。
 すべて男(おのこ)をば、女に笑はれぬ樣におほしたつべしとぞ。「淨土寺の前關白殿は、幼くて、安喜門院のよく教へまゐらせさせ給ひける故に、御詞などのよきぞ」と人の仰せられけるとかや。山階左大臣殿は、「怪しの下女(げぢょ)の見奉るも、いと恥しく、心づかひせらるゝ」とこそ、仰せられけれ。女のなき世なりせば、衣紋(えもん)も冠も、いかにもあれ、ひきつくろふ人も侍らじ。
 かく人に恥ぢらるゝ女、いかばかりいみじきものぞと思ふに、女の性(しょう)は皆ひがめり。人我(にんが)の相 深く、貪欲甚だしく、物の理を知らず、たゞ迷ひの方に心も早く移り、詞も巧みに、苦しからぬ事をも問ふ時は言はず。用意あるかと見れば、また、あさましき事まで、問はずがたりに言ひ出す。深くたばかり飾れる事は、男の智慧にも優りたるかと思へば、その事、あとより顯はるゝを知らず。質朴(すなお)ならずして、拙きものは女なり。その心に隨ひてよく思はれんことは、心憂かるべし。されば、何かは女の恥かしからん。もし賢女あらば、それも物うとく、すさまじかりなん。たゞ迷ひを主(あるじ)としてかれに隨ふ時、やさしくもおもしろくも覺ゆべきことなり。




にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ にほんブログ村 本ブログ 古典文学へ にほんブログ村 教育ブログ 国語科教育へ
第百六段「高野証空上人、京へ上りけるに、細道にて」

 噛み合わない口論が材料となっているという点で、第八十八段の東風の書いた和漢朗詠集の話や第九十三段の損得と無常の議論の話に似ています。

 しかしここはそこに中心はなく、上人が「口ひきける男」との口論の中で自分の口から思わず飛び出した「何と言ふぞ、非修非學の男」という言葉に自ら恥じ入って逃げ出したという話です。

 末尾の「尊かりけるいさかひなるべし」について、多くの注は、自分の非に気づいた上人の純粋さを称讃しているととっているようですが、『全訳注』が上人の一連の行動への皮肉と取っているのが注目されます。

 例えば『作品研究』はこの上人に「自己中心の欲望を離れた人々の中に見える稚児のような心情であって、最も純真に、素直に、人間らしく生きることに他ならぬ」「人間的至情」を見ていますし、『全注釈』もそれに添った形で「仏学・仏道に専念してしまっている超俗的な、しかも純真さに徹底しきった上人」と「無学で正直な口曳き男」との「本質的な対立からくる『いさかひ』に、人間性の純粋な発露を認めて『尊かりけるいさかひなるべし』と述懐した」のだとしています。

 しかし、この上人が初めに「いと腹あしくとがめ」たことからして、まず道を求める人の振る舞いに相応しくないと言うべきでしょうし、その時の非難の言葉も、そういう「人間的至情」から出たとは到底思えず、先に挙げた第九十三段の「かたへなる者」の言葉同様に、聞き覚えたばかりの言葉のようで、生硬で理屈っぽく、『作品研究』の中の言葉で言えば「道念」、つまり仏道の入口にいる程度の人の振るまい、言葉としか思われません。

 もちろん「言はれければ」、「逃げられにけり」と軽いながら敬意が表されているのですから、この上人を兼好が否定的に捉えているのではないと思われますが、少なくとも読む者は末尾の評語に出会うまでは、高慢で威張った上人が意外にも純情さを、それも過度に示したという滑稽な話と思って読み進めるでしょう。

 自分の暴言に恥じ入って逃げ出したという純情だけが、ただ一点、救いであり、それによって、これがかろうじていやな話にならずに、滑稽でほほえましい話に転じたのだと考えるべきでしょう。

 そう考えると、「尊かりけるいさかひなるべし」はやはりからかいと微笑の混じったものと考えるのがよいでしょうし、そういう点で絶妙の評語だと思われます。

《原文》
・ 第百六段

 高野の證空上人、京へ上りけるに、細道にて、馬に乘りたる女の行きあひたりけるが、口引きける男、あしく引きて、聖の馬を堀へ落してけり。

 聖、いと腹あしく咎めて、「こは希有の狼藉かな。四部の弟子はよな、比丘よりは比丘尼は劣り、比丘尼より優婆塞は劣り、優婆塞より優婆夷は劣れり。かくの如くの優婆夷などの身にて、比丘を堀に蹴入れさする、未曾有の惡行なり」といはれければ、口引きの男、「いかに仰せらるゝやらん、えこそ聞き知らね」といふに、上人なほいきまきて、「何といふぞ。非修(ひしゅ)非學の男(おのこ)」とあらゝかに言ひて、きはまりなき放言しつと思ひける氣色にて、馬引きかへして逃げられにけり。

 尊かりける諍(いさか)いなるべし。




にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ にほんブログ村 本ブログ 古典文学へ にほんブログ村 教育ブログ 国語科教育へ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。