2021.01.03 お知らせ3
 あけましておめでとうございます。
『徒然草』、『源氏物語』、『正法眼蔵』に続く第四弾は『太平記』にしました。
新しいブログ名は「『太平記』読み~その現実を探りながら~」です。
明日2021年1月4日から公開予定にしております。
リンクになっていますので、よろしければ覗いてみて下さい。
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2019.01.03 おしらせ2
あけましておめでとうございます。
『徒然草』、『源氏物語』に続く私のブログ第三弾は『正法眼蔵』としました。
明日2019年1月4日からの開設になります。
新しいブログ名は「『正法眼蔵』を読んでみます」です。
リンクになっていますので、よろしければ覗いてみて下さい。

『源氏物語』以上に分を弁えない企てであることは承知していますが、という弁明をしたいのですが、今更ですので、今度は言わずに始めます。
どうぞよろしくお願いします。
2014.01.04 おしらせ
あけましておめでとうございます。
八月に『徒然草』を一区切りして、四ヶ月が過ぎました。
その最後に書きましたように、今日から、第二弾を始めようと思います。
その第二弾は恐れ多くも『源氏物語』としました。

新しいブログは 【源氏物語・おもしろ読み】 です。
リンクになっていますのでよろしければのぞいてみてく下さい。


分を弁えない企てであることは承知していますが、一度はやりたいし、私に先の時間がそんなにたくさん残っているわけでもないので、いつやるか、「今でしょう」というわけです。
どうぞよろしくお願いします。
第二百四十三段

 さて、とうとう最後の段になりました。
 この段は、兼好の家族が語られる唯一の段で、しかも大変心温まるいい話です。

 父は、初めは幼い息子のかわいい質問に多分気軽に答えていたのでしょうが、突然思いがけない究極の質問に向き合わされて、返事に窮し、やむなく笑ってごまかすしかありませんでした。

 そして父は、そういうまじめで的確な追求ができる息子をひそかに誇らしく思い、また驚きもあって、親しい人幾人もにその話をせずにはいられなかった、というのです。

 最後の「語りて興じき」が、何気ないながらいい言葉で、ただ「語りき」と書いたのと比べてみると、父親の息子と向き合って困っている様子や、知人に嬉しそうに語っている様子が思い浮かべられて、いっそう楽しい一段になりました。
 ちなみに、『正法眼蔵』「供養諸仏」巻の冒頭には「過去の諸仏におきて、そのはじめありといふことなかれ、そのはじめなしといふことなかれ。もし始終の有無を邪計せば、さらに仏法の習学にあらず。」とあることを付しておきます。

 ところで、今まで書かれたことのない題材が最後の段に置かれていることで、この段に特別の意味、あるいは寓意を見出そうとする読み方がいろいろにあるようですが、『全注釈』、『全訳注』の双方が言うように、それは読みすぎになるような気がします。

 そもそも、兼好自身は、この段を以て『徒然草』の筆を置く、というようなことを考えたわけではないのではないでしょうか。

 ここまでにも途中に、長短はあっても幾度かの休筆の期間があったように、ここもまたそういう終わり方で、いつか書き継ぐようなつもりで残されて、けっきょくそのまま後が書かれなかった、この本はそのようにして私たちの前にあるのではないでしょうか。
私は『徒然草』を完結した書物と考えるのではなく、吉田兼好という歌人が余技として書き残した、日記であり、
メモ、習作集、聞き書き集であるような、つまりまとまった作品になる意図のなかった、雑記帳だったのではないかと考えて読んできました。

 もちろんそれは、結果としてのこの作品の価値を減殺するものではないと考えています。

 ここに書かれた様々な人間の姿は、筆者の筆力によって、私たちに、筆者自身も含めた人間という存在の幅と奥行きを随分楽しく教えてくれます。
 もう一度繰り返せば、ここには幅広い人間の高貴と愚かしさとがこもごもに語られて、雑然としながら、言わば果てのない世界の一部となっています。

 それが完結しないのは、むしろ当然だと言ってもよいのです。
 私たちは、兼好が、再び筆を執って更に人間の悲喜劇を書き加えてくれなかったことを残念に思いながら『徒然草』という「本」を閉じるしかありません。
 そして私のこのブログもまたここで一応閉じることにします。

《一応の「後書き」として》
 時々「アクセス解析」を覗いてみて、随分多くの人に見ていただいている(読んでいただいたかどうか解りませんが)ことに、書き続けていく上で、ずいぶん力づけられました。
 そして、ブログというものを教えてくれた娘の叱咤と巧みなおだてにも力づけられました。
その結果、私は今、我ながら大変なことをやったというような気持ちでいます。
 そこで私は、暫く充電期間をおいて、来年の一月四日に、また別の古典作品について語り始めて見たいと考えています。
 その時また、覗きに来ていただければ、大変嬉しく思います。
 ではまたお目にかかれるのを楽しみに…。

《原文》
八つになりし年、父に問ひて云(い)はく、「佛はいかなるものにか候らん」といふ。父が云はく、「佛には人のなりたるなり」と。また問ふ、「人は何として佛にはなり候やらん」と。父また、「佛のをしへによりてなるなり」とこたふ。また問ふ、「教へ候ひける佛をば、何がをしへ候ひける」と。また答ふ、「それもまた、さきの佛のをしへによりてなり給ふなり」と。又問ふ、「その教へはじめ候ひける第一の佛は、いかなる佛にか候ひける」といふとき、父、「空よりや降りけん、土よりやわきけん」といひて、笑ふ。
 「問ひつめられて、え答へずなり侍りつ」と諸人(しょにん)にかたりて興じき。


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第二百四十二段

 前の段に続く一切放下の話です。

 『古典』が、『徒然草』の話題は「サイクルをえがいて戻ってくる」と言い、そしてそれが兼好の内心の日常だったという意味のことを言っていますが、この種の話についてはまったくそういうことだったのではないでしょうか。

 仏教では五欲ということを言うそうです。
 ①食欲、②色欲、③睡眠欲、④財欲、⑤権力欲ですが、ここではその中からはわずかに二つが採られ、それとは別に、名誉欲(あるいは権力欲に含むのでしょうか)が取り上げられています。

 いずれにしても、五欲をそのまま取り上げるのではなく、特にこの三つの欲を選んだのは、つまりこれを書く時に兼好がそういう欲をなお自分の現実として考えていたということでしょう。

 そして、中でも最初に「名」を挙げて、さらにそれを「行跡」と「才芸」の二つに分けて語っているのは、彼の歌の世界における「名」に「欲」があったことの証しだったに違いないと思います。

 彼は、いつまで経っても一切放下からほど遠い自分を何とかしたいと思っていたのです。

《原文》
とこしなへに、違順につかはるゝ事は、偏(ひとえ)に苦樂の爲なり。樂といふは好み愛する事なり。これを求むる事 止(や)む時無し。樂欲(ごうよく)するところ、一つには名なり。名に二種あり。行跡と才藝との誉(ほまれ)なり。二つには色欲、三つには味(あじわい)なり。萬の願ひ、この三つには如(し)かず。これ顛倒の相より起りて、若干(そこばく)の煩ひあり。求めざらむには如かじ。
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